1985年北西急行の朝

1985年の2月、北西急行に乗って、
オランダのロッテルダムから、コペンハーゲンに向かっています。


朝7時に目覚めます。
昨夜の記事はこちら

列車は西ドイツとデンマークを結ぶフェリーの中です。


定時運行なら、そろそろ港に到着する頃ですが、
同室の人をはじめ、皆が船に行くようです。

どのくらい船にいられるか判りませんが、
ほかの乗客の動きを見ていれば、問題ないでしょう。


このフェリーは国際線なので、酒やたばこも売っています。


とりあえず、デンマークのお金であるクローネを手に入れるために、
T.Cを出すと、パスポートを要求されます。
寝台車の係員に預けてあるので、10ドルの現金で両替します。


セルフサービスのレストランで、
パンとジュースが14.5クローネ(300円)。


寝台車に戻ろうとしたら、
10両以上も積まれていて、どの車両か分かりません。

ドアの横にある、運行区間を示すサボで、やっと探し当てます。
降りる時に、船内に通じる階段の番号を、憶えておくことが必要でした。


デンマークも、うっすらと雪に覆われています。


1時間以上遅れて、コペンハーゲン中央駅に到着です。

ノルウェーのベルゲンをめざす鉄道の旅は、まだまだ続きます。


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1985年北西急行の旅

オランダのロッテルダム西駅にいます。

コペンハーゲンをめざします。


乗車当時のトーマスクックの時刻表です。
これから乗る北西急行です。

始発駅は、フック・フォン・ホランダです。
イギリスからの連絡船に接続しています。

途中でパリと、ベルギーのオステンドからの車両を連結します。

クシェットと呼ばれている簡易寝台車の寝台券を持っているので、
途中駅からの乗車でも安心です。


列車の入線を待つばかりですが、ひとつ不安があります。
この日は、ロッテルダム中央駅やアムステルダムへ、何度も電車に乗りましたが、
突然プラットホームが変更になることが、数回ありました。

放送は一切ありませんが、乗客は突然ほかのプラットホームへダッシュします。
電車の進行方向を見て、「違う」と判断しているようです。

至れり尽くせりの日本とは違い、自己責任です。
これまでは軽装だったのですが、今回は大きなリュックを背負って、走ることができるでしょうか。

5分遅れですが、無事に所定のプラットホームに列車が来ます。


寝台券に指定された部屋は、すでに5人が乗っています。
残念ながらオジサンばかりですが、皆いい人のようです。

英語でいろいろ話しかけてくれます。
自分に英語力があれば、もっと会話が弾むのですが。


ドイツとの国境では、銃を携帯した兵士がいて、
雪の夜ということもあり、これまで経験した中で、一番厳しい雰囲気の国境越えです。


23時を過ぎて、寝台車の係員が、
出入国手続きを代行するために、パスポートを預かりに来ます。

ようやく寝ることができます。
日本の寝台車に比べて、信じられないくらいの遅い時刻です。

前夜はドーバー海峡のフェリーで、あまり眠ることができなかったので、
たちまち睡魔に襲われます。



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さらば! 東西ベルリン

1985年2月、東西ベルリンを訪問しました。

西ベルリンで、長距離列車が唯一発着するツオー駅から、
夜行に乗ります。


23時という遅い時刻なのに、
駅は大混雑です。

寝台以外では、事前に指定券を用意しておくことは、これまで無かったのですが、
東ドイツの中に、孤島のように存在している西ベルリンの特殊性と、
金曜日の夜ということで、座席を確保しておいて大正解でした。


当時は、日本でも一般的だった硬券です。

指定された座席は、8人用のコンパートメントで、満席です。

同室の人が、ドイツ語で何か話しかけてきたけれど、
私が喋れないことを知って、それっきりです。


2日前に西ベルリンに向かう時は、ずいぶん緊張していましたが、
今回は、東ベルリンにも入国したという達成感や、
西側諸国へ戻るという気楽さや、
乗り過ごしても大丈夫という安心感などにより、
混雑以外は、これまでの夜行列車と同じように乗っていられます。


列車は、イギリスへの連絡船が出港するベルギーのオステンド行きですが、
私は西ドイツのケルンで下車します。



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西ベルリンへ帰還

東ベルリンの1日観光を終えて、
来た時と同じように、検問所のチェック・ポイント・チャーりーから、
西ベルリンへ戻ります。


これは、ソ連軍の兵士が子供を抱いて、
ナチスのシンボルである、ハーケンクロイツを踏んでいるという、巨大な像です。
一緒に写っている人間が、小人のようです。

いかにも社会主義国らしいプロパガンダです。


東ベルリンに入る時は、
所持している外貨の申告や、強制両替などで、
手続きに40分以上かかりましたが、
帰りはスイスイと進みます。

西ベルリンへの入国では、
兵士から「サヨナラ」と言われます。


検問所の近くに土産物屋のような建物に入ったら、
ここがベルリンの壁博物館。

戦後のベルリンや壁の歴史、
東ベルリンからの脱出方法など、なかなか面白い展示です。

外はとても寒いので、
英語の説明文を半分くらい理解しながら、
約3時間をここで過ごします。


UバーンでKoch str駅から、
夜行が出発するツォー駅へ行きます。
遅い時刻なので、運行本数は少なめです。

切符は2マルクです。
ちなみに東ベルリンでは0.2マルクでした。


駅前のマクドナルドで、寒さをしのぎながら、
夕食です。



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検問所を通って東ベルリンへ

1985年2月、西ベルリンのホテルで朝を迎えます。
今日は、東ベルリンを観光します。


西ベルリンの玄関駅であるツォー駅から、
地下鉄に乗ります。


切符には、2マルクと印刷されていますが、
駅員は1マルクで売ってくれました。

東ベルリンへの検問所がある、チェック・ポイント・チャーリーの最寄り駅の、
Koch str駅へ向かいます。


地球の歩き方で、あらかじめ十分に予習しておきました。





パスポートコントロールや、所持している外貨の申告、25マルクの強制両替などを行います。



係員の応対は、意外にソフトです。

入国審査や税関などが、それぞれ小さな部屋に分かれていて、
次の部屋に進むと、入口の金網のドアが自動で閉まります。
社会主義国への入国なので、より一層不気味に感じます。

利用者は多くありませんが、通り抜けるのに40分かかります。


これらは、壁崩壊後の画像です。



当時は、恐ろしくて撮影できませんでした。


東ベルリンの観光については、

以前の記事

をご覧下さい。


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