国鉄時代の車内放送のCD

小樽総合博物館で購入したものです。
国鉄時代の車内放送を録音したもので、何種類か発売されていましたが、
一番馴染みのあるものを選びました。
とは言っても、自分が利用した時よりも5年から10年くらい前のものです。

さらに特急「ひだ」よりも急行「のりくら」のほうがいいとか、
比叡1号は下り列車なら何度も乗ったとか、
希望を言えば、きりがありません。

その中で「ゆうづる」や「八甲田」は乗車時と時刻がおおむね同じで、懐かしくなります。
もっとも編成については「八甲田」に寝台車が連結されていたり、
「ゆうづる」の食堂車が営業していたなどという違いはあります。

圧巻は、東京発西鹿児島行きの急行「桜島・高千穂」の延々10分にわたる放送です。
ちょうどこの時期に乗車しましたが、上りの名古屋から東京までという末端の短距離区間だったので、
実際に聞いたことはありません。


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急行津軽の思い出

急行津軽は上野・青森間を奥羽本線経由で長年運行されていた列車。

昭和50年代に下りの1号に2回乗車したことがある。


普通車の自由席から、グリーン車やA寝台まで連結していた。
12e29a.jpg
最初は昭和53年の春休みに友人と乗車した。

当時の雑誌によると、空いているとのことだったが、
出発の1時間前に始発の上野駅に向かうと、結構な列が出来ている。

ラジオを持っていた友人が今日の大相撲の結果を報告してくれる。
知らないオジサンが「えっ、若乃花が負けた?」と聞いてくる。
ちなみに、この若乃花とは栃若時代でも若貴兄弟でもない、津軽地方出身の横綱のこと。

30分くらい前に入線。
当時の急行の普通車としては標準的な4人掛けボックスシート。
友人と並んで座ることはできたが、残念ながら進行方向とは逆向きの座席。
ほぼ満席で出発。

宇都宮あたりで籠にアイスクリームを満載した車内販売がやってくる。
暖房が効きすぎているから、よく売れる。自分たちも購入。
ただ値段が400円!
制服を着用していないし、だぶんモグリの業者だろう。

足を伸ばせないという窮屈な姿勢を一晩強いられたが、
それなりに眠ることはできた。

秋田県で朝を迎える。雪がまだ多く残っている。
それにしても隙間風で寒い。
向かいの窓側には、自分たちより少しだけ年上の男性が座っているが、
進行方向に向いている分、風の冷たさが相当なものだろう。
参考書を読んているから、弘前大学あたりでも受験するのだろうか。

東能代で五能線に乗り換えた。


2回目は郡山から乗車した。
この時も東北ワイド周遊券の利用で、急行列車の普通車自由席は乗り放題だけれど、
途中の駅から乗車するのは気が進まないので、
寝台券を買っておいた。それもA寝台を。
最初で最後のオロネ10。

普通車とは雲泥の差に違いないが、寝台が下段か上段かも覚えていない。
せっかくA寝台の高い料金を奮発しているから、
早朝到着の秋田以南で下車するはずはないと思うが、
それも忘れてしまった。

記憶にあるのは、
若いのにA寝台にいるものだから、翌朝、車掌さんに怪しまれたことくらい。



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夜行急行列車「大雪」の思い出

かつて札幌と道内各地を結ぶ夜行列車が運行されていた。
それらの夜行列車を宿代わりに利用した時の北海道ワイド周遊券。
急行列車の自由席にも乗り放題なのが、大きな魅力の切符だった。

もう一つ利点があって、
北海道では札幌のような大きな駅でも、列車ごとに改札するが、
周遊券なら、どこへ行くのかが改札口の駅員に分からないので、
普通の乗車券を持っている人よりも、早く列車に乗り込むことができる。

大雪号には網走まで2回乗車した。
最初は急行「しれとこ」に乗り継いで釧路へ向かった。
2回目はオホーツク海に沿って、ローカル線と路線バスを乗り継ぎ、
1日かかって稚内へ到達した。その時の中湧別と雄武の下車印が見える。
この両駅はすでに無くなっている。

当時の夜行急行に使用されていた客車で、4人掛けのBOXシート。
3月の北海道だから満席ではなかったように思う。

翌朝の北見から普通列車になる。
通学の高校生が乗車してくるが、一夜を明かした乗客が寝ているので、
座席が無くて困っていた。


時代は移り21世紀になり、急行大雪は特急オホーツクになった。
特急用の2人がけシートは快適だったけれど、昔ながらの夜汽車の風情は感じられなかった。
今では夜汽車云々以前に、夜行列車自体が廃止になってしまった。
そして北見からは第3セクターに転換した旧池北線に乗り継いだが、
これも廃線になってしまった。



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急行八甲田の思い出

上野と青森を東北本線経由で結んでいた急行八甲田。

7回くらい乗車した記憶があるが、すべて青森発の上り列車。
いずれも急行自由席乗り放題の東北ワイド周遊券を活用し、
東北旅行の宿代わりとして利用した。

周遊券の範囲は郡山以北であり、
下り列車では始発駅の上野から乗車できないので。


最初は昭和53年の3月に連泊。
当たり前のように運用されていた旧型客車。

画像は急行ニセコのセットに含まれている北海道用のスハフ44なので、
八甲田とは微妙に違います。

青函連絡船と接続するために、
始発駅の出発が0時過ぎという異例の遅さ。

未成年だったので、夜の街に繰り出すわけにもいかず、
薄暗い連絡船待合室でジッと待つ。
23時ころにはすでにホームに入線している。
接続する連絡船が到着する前なので、乗客はほぼ皆無。

同じホームには寝台特急のゆうづる7号がいて、
正直羨ましい。

自由席主体の編成だが、乗車するのは一番後ろの車両。
連絡船乗り換え通路に一番近い車両なので、混雑しそうではあるが、
4人ボックス席に他人がいれば、
あとから来た人はとりあえず前方の車両をめざすだろうという読み。

連絡船が到着して乗客がやって来るが、
大した混雑にはならない。
友人とそれぞれ1ボックスを占領し、仙台下車まで快適に過ごす。


その後、昭和56年と57年に利用したが、
車両は12系に代わった。

画像はスハフ12だが、青森寄りの最後部はオハフ13なので、
こちらも実際とは少し違う。
製品自体がトミックスの昔の製品で、大雑把な作りだけれど。

旧型客車とは違い、明るく清潔。

この時も友人とそれぞれ1ボックスを占めることができたが、
シートピッチが広がり快適になった分、
横になると向かい側の席に足が届きにくい。


シーズン中などは、
北海道をめざす若い人たちで混雑したことを最近になって知った。
ガラガラの記憶しかなかったから。



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碓氷峠鉄道文化むらで出会った懐かしい急行列車

群馬県の信越本線横川駅のすぐ近くにある碓氷峠鉄道文化むら。


名機EF58と客車たちによる昭和時代の急行列車。

隣には関門トンネル専用のEF30があるので、下関駅の光景か。

三段式B寝台。

乗車経験は案外少なくて、狩勝と越前くらい。
あと鈍行では「からまつ」と「はやたま」。

急行列車の普通車自由席に乗り放題のワイド周遊券を愛用していたので、
よく世話になったのはこちら。

懐かしいことには間違いないが、30年後の今となっては、
満席の状態で一晩過ごすことには、尻込みしてしまう。



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Author:やだ&たま
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旅行はヨーロッパ、模型は鉄道模型レイアウトがメインです。

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